マンガリア (Municipiul Mangalia)
かつてはギリシャ語の「カラティス (Κάλλατις, Καλλατίς)」と呼ばれた. また、「パンガリア (Pangalia)」、「パングリカラ (Panglicara)」、「トミソヴァラ (Tomisovara)」という旧名もある. 町内には、カプ・アウロラ、ジュピテル、ネプトゥン、オリンプ、サトゥルヌ、ベヌスといったビーチリゾートが存在する.
7世紀中頃まで、町の名称はギリシャ語でカラティスと呼ばれていた. 10世紀に町が再建され、13世紀にはパンガリアへと改名された. その後、ヴラフ人はトミソヴァラ 、ギリシャ人はパングリカラという名前をつけていたが 、16世紀からは現在同様のマンガリアとなっている.
ギリシャの植民地であるカラティスは、紀元前6世紀にヘラクレア・ポンティカが建設した. 紀元前350年頃には、銀貨の鋳造が始まった. 紀元前72年、カラティスはローマの将軍、ルキウス・リキニウス・ルクッルスに征服され、ローマの属州モエシアの下に置かれた. その後は2世紀にかけて、防衛のための要塞が建設され、ローマの皇帝、セプティミウス・セウェルスやカラカラのもとで貨幣の鋳造は続けられた. 3世紀には何度かの侵攻に悩まされるが、4世紀には復活し、重要な貿易の中心地、港町としての地位を取り戻した. 7世紀から11世紀までは、第一次ブルガリア帝国の支配下に置かれた.